歴史と位置づけ

JYEC および RIJYEC の歴史

青少年交換プログラムは、基本的にはクラブ対クラブのプログラムだが、現実的には地区対地区とのプログラムとして世界的に展開されている。また、国を超えるプログラムであるため、日本34地区が共通に抱える課題も多く、地区独自で対応できない、あるいは解決できない問題も存在する。

そのため、外務省・法務省との対応のためや、国際ロータリーとの対応のために、各地区青少年交換委員会のとりまとめ役および相談役として、在日ロータリー青少年交換連絡事務所が米山記念奨学会内に設置された。1971年6月初代責任者として塩原貞三氏(東京RC)、1976 年7月ガバナー連絡会議事務所(現ガバナー会)に移管し所長として元RI会長向笠廣次氏(中津RC)、1978年6月塩原和男氏(熊谷RC)、同年8月小島達治氏(東京池袋RC)、1979年11月鳩山道夫氏(東京池袋RC)、1991年7月河合良氏(加須 RC)と事務局長を歴任され、1998年6月末をもって歴代事務局長の制度は幕を閉じた。

当時は、地区ガバナーと地区青少年交換委員会との間に少なからぬ問題を抱える地区もあった。また、青少年交換プログラムに携わる会員が地区ガバナーを無視してプログラムを推進していると言われていた地区もあり、地区ガバナーと地区青少年交換委員会との間に存在する問題は長年の懸案事項でもあった。 またロータリー青少年交換連絡所とガバナー会との関係もしっくりといっていなかったのも、これまた事実であった。

そこで、ロータリー青少年交換連絡事務所業務に代わるものとして、青少年交換プログラムで各地区が抱えている問題点の改善およびプログラムの更なる発展を期すことを目的とし、2000年7月1日、ガバナー会の中の小委員会として、ガバナー会青少年交換委員会(JYEC、Japan Youth Exchange Committee) が立ち上げられた。(初代および3代目の委員長が関場慶博PDG・弘前 RC、2 代目委員長は北川晶夫 PDG・金沢 RC)

ガバナー会青少年交換委員会の主な活動項目は、
1) 地区青少年交換委員会からのさまざまな相談に応じること。
2) 国際大会前世界青少年交換役員会議へ出席して地域活動報告をすること。
3) ガバナー会青少年交換委員会ホームページおよびメーリングリストを作製、 管理、運営すること。
4)全国青少年交換委員長会議主催、ロータリー日本青少年交換研究会の主催をすることである。

国際ロータリー理事会は、青少年交換プログラムにおける虐待およびハラスメント防止のために、各地区に危機管理への対応を義務づけた。危機管理への対応が適切に取られている地区へは証明書を出し、証明書を貰った地区でなければ、2006-2007年度以降、青少年交換プログラムへの参加はできないとした。

また同時に米国務省は、交流団体などが性的虐待の報告を怠るような事例が起きた場合、その若者が参加していた交換留学プログラムを停止すると警告。ガバナー会青少年交換委員会はこれに呼応し、2005年に下部組織として全国青少年交換委員長経験者などからなるRI指針検討委員会を立上げ対応した。

地区が危機管理へ対応していることの諸条件の中で、クリアーしなければならない一番困難な条件が、「地区もしくは地区青少年交換委員会の法人化」であった。日本においては、各地区や各地区青少年交換委員会が法人化する事はたいへん困難であることから、当時のガバナー会は、日本34地区が合同で国際ロータリー日本青少年交換委員会(RIJYEC、Rotary International Japan Youth Exchange Committee)を設立し、この委員会を法人化することとした。また、法人設立およびその後の運営資金として、各地区会員1人当たり年間100円をもって当てることにした。

3年間に渡るRI指針検討委員会の言葉に表せない努力、また世界の青少年交換委員とも連携しながら、それぞれの国の法律・習慣などに照らし合わせることなど諸条件をつけ国際ロータリーとのやり取りを重ねた。

その結果、日本34地区全ては諸条件をクリアーし、2008年2月1日国際ロータリーより、青少年交換プログラムへの参画可能との認定証が届いた。しかし、毎年国際ロータリーより送付されてくる年度更新書式を地区ガバナー・青少年交換委員長により必ず更新しなければならない。

2009-2010年度ガバナー会は、JYECの解散をし、その機能をRIJYECへ移すことにした。2010-2011年度から、RIJYECはJYECの活動項目を受け継ぐことになり、今日へ至っている。

文責:関場慶博(弘前 RC)
神田 憲(名古屋大須 RC)